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大丈夫。自由は怖くない

難易度別の事例

この項目では、
難易度Ⅰ・・・夫が会社員(事務職)で、妻がパート職員の事例(子どもはいない)。
難易度Ⅱ・・・夫が会社員(営業)で、妻が主婦。子どもが0才2か月の事例。
難易度Ⅲ・・・夫が医師で、妻が主婦。子どもが小学校1年生の事例。
難易度Ⅳ・・・夫が無職で、妻は会社員。子どもが5才の事例。
難易度Ⅴ・・・夫が自営業で、妻は夫の会社の手伝い。子どもが中学校2年生と小学校6年生の事例。
難易度Ⅵ・・・夫も妻も公務員で、子どもが小学校4年生と2年生の事例。
の6つの事例についてお伝えしています。

今回は、難易度Ⅴ・・・夫が自営業で、妻は夫の会社の手伝い。子どもが中学校2年生と小学校6年生の事例です。

※事例に登場される方には了解をもらっていますが、本人と特定されるような記述はしないです。
ひどい暴力の現場も書きませんし、どうやって逃げたかについても、加害者に情報を与えてしまうようになるので書きません。
ご了承いただけると幸いです。

難易度Ⅴの事例

【夫が自営業で、妻は夫の会社の手伝い。子どもが中学校2年生と小学校6年生の事例】

この事例の被害者、Rさんは、過去に逃がしたことがある人です。
いわゆる出戻り相談者です。
前回逃がした後、また夫のもとへ帰って暮らしていました。
それからは何の連絡もなかったのですが、保健師などには見守りをお願いしていました。
保健師からは何回か話を聞いていましたが、さし当たって危険性はないようでした。
そのRさんがまた相談に来られました。
もう顔見知りなので、油断してしまいそうなのですが、暴力は激化している可能性があるので、気をつけて話を聞きます。

4年前の話

まずは前回の話から。
Rさんが相談に来られたのは、4年前。
子どもさんが小学校4年生と、2年生の時です。
Rさんの夫は、自営業で従業員は2人。
従業員の一人はRさん、もう一人は親戚の息子さん(Nさんとします。)だそうです。

Rさんの夫は、普段は腰が低く、仕事ぶりもよく、素晴らしい経営者です。
従業員のNさんをねぎらって、飲みに誘うこともあります。
Nさんは飲みにはいきませんが、いい仕事だと思って働いています。

なぜNさんは社長の飲みの誘いを断るのか?

そう、

Rさんの夫は「酒乱」なんです。

これこそよくある話なので、パターンも予測がつくと思われるのですが・・・お話しします。

夫はお酒を飲んでは、Rさんに暴力をふるいます。
Rさんは事前に子どもたちを、一番端の部屋へ寝かしつけます。
夫は酔ってくると、ひとしきり暴力をふるい、疲れて寝てしまいます。
朝になるとほとんど覚えていません。
でも家がめちゃくちゃなのに気づいて察し、Rさんに謝ります。

もう何年も繰り返してきて、「もう酒はやめる!」と、暴力の後、毎回言う。
でも、アルコール中毒は重く、やめることができない。
Rさんも夫に悪気があるように感じられないし、普段は優しい人。
必死で謝る姿を見ていると、情もあるし、むげに別れるとも言えない。
もう、ドロ沼です。

Rさんは、
「お酒さえなければあの人はいい人なのに・・・。」
という言葉を、何100回も言ってきました。
治ってほしいと夫を誘い、病院に何回も行きましたが、1か月禁酒できればいい方です。

Rさんは、ずっと我慢してきましたが、ある時、夫はどうせ覚えていないと思い、暴力をふられた際に、
「アル中!」
と何回も叫んでしまいました。
その後の暴力はすさまじいもので、生きた心地がしなかったそうです。
次の朝、やはり夫は昨日のことを覚えていませんでした。
彼女の中で、何かが変わりました。
彼女は、緊張していた糸が切れたような感じがしたそうです。

彼女は、命の危険があるし、我慢するのが馬鹿らしくなって、もう別れる決心をして相談にきました。
もう帰らない気持ちでした。
夫は彼女の行動をずっと把握しているので、出てくるのに苦労したようです。
彼女は会社で経理を任されているので、集金とウソをついて来たそうです。

私は話を聞いて危険な状態と判断し、配偶者暴力相談支援センター(婦人相談所)のシェルターに逃がしました。
そして2週間後、保護命令も無事に通り、次に暮らす先を探すことになりました。
彼女は離婚する気はなく、夫が落ち着くまで、避難したいとのこと。
彼女と子どもさんたちは、家から遠い地域の母子生活支援施設で暮らすことになりました。

私たちも、ホッと胸をなでおろして、2か月ほどしたころ。
Rさんの暮らす母子生活支援施設から連絡がありました。
Rさんが、家に帰りたいといっているとのこと。
さっそく行って、話を聞きます。

夫が母子生活支援施設に姿を現しました。
保護命令が出ているので、施設の警備員は警察に通報しようとしたのですが、Rさんがそれを拒んだようです。
夫は大人しく、妻と少しだけ話させてほしいと頼みました。
Rさんはそれを了承し、話をしました。

夫は、
「もう酒は一生やらない!」
「もう2か月飲んでいない。」
「君がいないと仕事が回らない。」
「何でもするから帰ってきてほしい。」

などと、涙ながらに懇願したそうです。
Rさんは、普段は優しい夫から逃げてしまったという罪悪感で、心が不安定になっていました。
夫に謝りたくて、ずっと夫が来るのを待っていたそうです。

私はこの時は、彼女が帰ることには反対しました。
お酒をやめた期間が短すぎるし、DV夫はたいてい説得上手だからです。
結局、もう少し様子を見ることになりました。

そして・・・。

この後夫は、一年間お酒をやめ、彼女を迎えに行きました。
これには施設の職員も、OKを出さずにはいられませんでした。
生まれ変わった夫婦は、仲睦まじく、帰っていきました。

と、ここまでが前回の話です。

今回の話

そして今回。
Rさんが家に帰ってから3年が経ちました。
彼女が家に帰ってからの夫は、それこそ妻のためなら何でもする夫に生まれ変わりました。
酒は飲まず、妻に気を使い、子どもたちにも優しい父親です。
今までしたこともない、家事の手伝いや、子どもたちの習い事の送り迎えなど、積極的にやり始めました。

幸せを実感するRさんでしたが、夫が相当無理をしていることには気づいていました。
案の上、夫の無理は長くは続きませんでした。
今度はお酒を飲まない代わりに、グチっぽくなっていきました。

最初は甘えてグチを言うくらいのことでしたが、ゆっくりとエスカレートしていきます。
仕事中は、素晴らしい経営者のままですが、家に帰ると不機嫌になります。
従業員のNさんの仕事ぶりが悪いことのグチから始まり、子どもさんの成績のことに話題が移ります。
最近はRさんの仕事ぶり、子育てについてケチをつけ出しました。
Rさんは、自分にまで批判の目が向いてきたので、心配になりました。

そして、決定的なことが起こります。
この相談の前日の夜、仕事の話をしていて批判され、胸ぐらをつかまれたというのです。
夫はすぐ、ハッっと気づいて手をおろし、出て行ってしまいました。
朝、ドロドロになって帰ってきたそうですが、明らかにお酒の匂いがしたそうです。

ついに夫は、お酒を飲んでしまいました。

Rさんの頭には、暴力をふるわれていたころの記憶がよみがえります。
吐き気がして、居ても立っても居られなくなり、反射的に家を出てきてしまったそうです。

さて・・・。
どうしましょうか。

彼女の気持ちが落ち着いてから、聞いていきます。
夫は昼間、仕事をしているときは、暴力とは無縁の人です。
仕事のときの夫のことは尊敬していて、Rさんもこの仕事を続けていきたいとのこと。
彼女は前回逃げたとき、仕事ができず、それも負い目になっていました。
彼女の希望は、離婚せず、仕事も続けたいけど、夫と夜、一緒にいられないというものです。

話の途中で夫からRさんに電話があり、私は出るように促しました。
Rさんもそのころには落ち着いて、夫と普通にしゃべっています。
Rさんは夫に事情を説明します。
そうすると、夫がここに来て、一緒に相談を受けたいと言っているとのこと。
Rさんもそうしたいと言います。

「えっ?」
私は初めての展開にたじろぎましたが、ちょっと考えてOKしました。
閉鎖的なDV夫が、一緒に相談したいと判断したこと。
それも、今まさに自分の悪口ばかり言われているであろう、言わば敵陣に乗り込んでくるというのですから。

さっそく、夫が来ました。
こちらも一応心配なので、男性の上司に相談室へ来てもらって、一緒に話を聞きます。

Rさんは夫に、今の気持ちを話しました。
・仕事中の夫のことを尊敬しており、仕事にはやりがいを感じていること。
・でも、お酒を飲む夫とは、夜は怖くて一緒にいられないこと。
・日ごろから無理して優しくしすぎるので、爆発したのではないか。

などです。

次に夫の話を聞いてみます。
・前回、妻が逃げてから、帰ってきてもらおうと頑張ったこと。
・ずっと優しい面ばかり出そうとして、自分を見失っていたこと。
・最近は甘えが出て、妻に暴力的な発言をしてしまったこと。
・もう妻に逃げられても仕方がないと思っていること。

などを話してくれました。
意外にもよく現状を把握しているようです。

では、今後の夫婦の生活について話し合います。
Rさんは、身体的暴力をふるわれているわけではないので、公的なシェルターには逃げられません。
それに、Rさんは逃げることを望んでいません。
というか、夫婦でこの相談室に来ている時点で、「逃げる」という選択肢はありません。
離婚したいわけでもなく、逃げたいわけでもなく、仕事も続けたい・・・。
もうDV相談員の仕事のはんちゅうではない気がしてきました。

私は苦肉の策として、別居してはどうかと提案しました。
DVシェルターではなく、たまたま別の仕事で訪問したことのある、災害などの時に逃げるシェルターを紹介しました。
そのシェルターは、ちょうどRさんの夫の会社に近いし、交番の隣にあるのです。
そしてそのシェルターは、シェアハウス型で、NPOの職員が常駐しています。
夫がもし酔って行っても、職員がいるし、隣は警察なので安心です。

夫婦はとりあえず、別居することで同意したので、妻はシェルターに行くことになりました。
Rさんは、被災して行くわけではないので、家賃や共益費は満額ですが、夫が支払うとのこと。
後は、午後に子どもさんたちが帰ってきたので、意向を聞いてみました。
2人ともお母さんと一緒に行きたいと言います。
2人とも昔のお父さんのDVを見ているので、お母さんを守りたい気持ちが強いようでした。
上の中学2年のお姉ちゃんは、最近のお父さんを見ていて、また逃げることになるのではないかと、心配していたそうです。
子どもは親のことを細かく見ているので、よくわかっていますね。

私は、
「酔って暴力」をふるっていた人が、
「酔わないで暴力的発言」をしたので、ちょっと気になっていました。
この2つのDVは、ちょっと質の違うものだからです。
なので、Rさんと夫には、
「少なくとも数年は、一緒に暮らさない方がいい。」
とクギをさしました。

二人は、離れることにはなりましたが、すがすがしそうにしていました。

この夫について

「酒乱DV」は、昔からよくある、(言葉はおかしいですが)有名なDVです。
昼間、仕事などで、実力以上の自分を演出して無理をし、夜、酔ってタガが外れてしまう。
酔っている間のことは、覚えていないと言う人が多いです。
それが本当かどうかはわかりませんが・・・。

「酒乱DV」は、他人の評価を異常に気にするところは、他のタイプのDVとおなじです。
ですが、うさ晴らし系なので、妻をコントロールしたい気持ちはあまりないです。
妻の行動を細かくチェックしたりしないので、自由度は大きいです。

この夫も、普段は尊敬されるような経営者です。
自分のDVのことや、妻、子どもとも積極的に向き合おうとしています。
DV夫には珍しく、むちゃくちゃ努力していると思います。
でも、この昼間の努力をしすぎると、酒乱がはげしくなっていくという・・・。
皮肉な現象ですが、夫が一生懸命なので、妻のRさんも夫を捨てきれないのでしょう。

誰も、他人の心を操作することはできません。
DVも、他人が治してくれるようなことは、絶対にありません。
自分がDVを治そうと決心することが、大きな第一歩です。
この夫は第一歩をふみ出していますから、いつか、妻と暮らせる日が来るかもしれません。

後日談

Rさんが災害シェルターに行くことになり、私は警察に見守りをお願いしました。
過去に保護命令が出ている夫ですから、警察も協力的でした。
なにせ、交番の隣ですから、とても良い条件です。

Rさんと子どもたちは、シェルターから仕事・学校に通うという生活が始まりました。
そして、夫の提案で、公証役場に行き、夫婦の取り決めを作りました。
・夫婦は最低5年は別居すること。
・5年後にまた別居を続けるか否かを決めること。
・夫は妻に、家賃、子どもの学費と養育費6万円を毎月支払うこと。
・夫は、妻の午後7時~午前7時までの行動を詮索しないこと。
などの内容を公正証書にしてもらいました。
この場合、公正証書の効力はそれほどのものではないですが、夫の気持ちでした。

数か月して、Rさんと子どもたちは、シェルターの向いのマンションに引っ越しました。
警察の見守りも、引き続きお願いできました。

そして・・・。

別居して5年が過ぎ、Rさんは別の部署に異動していた私を訪ねてきてくれました。
あれから色々なことがありましたが、結局夫は暴力を一度もふるわず、お酒も飲んでいないそうです。
「では、同居するのかな?」と思いきや、別居はこれからも続けるそうです。
お子さん、特に上のお姉ちゃんが、大学に進学して家を出ているので、両親の同居には反対しているそうです。

Rさんも考え方を変え、夫のことを引いた目で見れるようになったようです。
「別居生活が長く続いたから、この生活に慣れちゃって。
同居したら、夫の世話しなくちゃならないから・・・。」

と笑っていました。
いい意味で図太くなったようですね。
夫は時々Rさんをデートに誘うそうです。
お酒抜きで、一緒に夕食を取るとのこと。
もう私にはついて行けない、うらやましいような話になってきました。(笑)
もうRさんは大丈夫だと、確信できました。

次の事例Ⅵ…子どもっぽい夫では、夫も妻も公務員で、子どもが小学校4年生と2年生の事例についてお話しします。
今回も、長々と書いてしまいましたが、最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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