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大丈夫。自由は怖くない

誤解…被害者はなぜ逃げない?

「つらかったら逃げればいいのに…。」とか「離婚すればいいのに…。」って思いますよね。

何で逃げないんでしょう。

DV被害者(妻)の中には、命の危険が迫っているのに逃げない人が多くいます。
加害者(夫)から、「家を出るとどうなるかわかってるんだろうな。」とか、
「誰かに相談するとただじゃおかないぞ。」などと言われて、脅え上がっているケースも当然ありますが、
自分の意志(といっても、夫につくられた意志ですが…)で逃げないし、勧めてもためらう場合が多いです。

自分の意志で逃げない妻は、
①4種類の暴力
②「虐待のサイクル」
③暴力はエスカレートする
ことが相まって出来上がっていきます。
この3つが相乗効果となって、妻の心に作用し、逃げる気をなくさせます。
そして、逃げることが「できない」のではなく、逃げることを「しない」選択をするにまでいたります。

ある時相談を受けていて、「私、暴力ふるう人じゃないと魅かれないの。」って言う女性がいて、本当にびっくりしました。
そこまで公言する人は少数ですが、DV男にハマる理由が何かあることは間違いありません。
それは何なのか、見ていきましょう。

①4種類の暴力によって

DV夫は「身体的」「心理的」「性的」「経済的」暴力を操り、妻の体力はもちろん、自尊心や自己肯定感といった、生きるために必要な気力を奪います。

妻は、夫の暴力に、体力・気力を奪われ、思考停止状態です。
そこに、夫の価値観を植え付けられるわけですから、すっかり夫の考えに洗脳されてしまいます。

「お前が悪い」
「お前は生きている価値がない」
「お前と子どもを養っているのは誰だ?」
「子どもには父親が必要だろう?」
「お前みたいなバカは外に出たら生きていけない」

などと、ずっと言われ続けるわけです。

妻の方は、外界から遮断され、だんだん夫の言うことが正しいんじゃないかと思ってきます。

妻は、
「悪い」わけじゃないし、
「生きている価値」あるし、
「子どもの世話してるのは妻」だし、
「虐待を見せたり、子どもに危険が及ぶより、父親はいない方がまし」だし、
「外に出ても十分に生きていける」んですが、
その情報だけしか頭に入れないので、あたかも夫の言葉が世界の常識のように思えてきます。

妻の役目は、
夫に尽くすことであり
自己主張する女性ははしたなく、
自分のようなバカは、養ってくれる夫から離れると生きていくことができない。
と、夫にすり込まれていきます。

②虐待のサイクルによって

DV夫はこの暴力を、時間をおいて、くり返し行います。


それが「虐待のサイクル」です。

暴力によって、妻の体力と気力が下がったところで「ハネムーン期」がやってきます。
夫が徹底的に優しくすることで、妻を「お姫様気分」にさせます。
ですがこの「お姫様気分」は、もう昔の、結婚する前の自信に満ちた「お姫様気分」とは違います。
全く別物の、「劣等感に支えられたお姫様気分」です。

夫の思想をすり込まれた妻は、「人間には優劣がある。」ことを、体で学んでいます。
逆に言えば、DV夫は妻に「主従関係」をすり込んでいく作業をしています。
妻はもう、人間関係を、上下関係でしか考えられません。
暴力の途中は自分が下、「ハネムーン期」には自分が上、という立場で考えています。
ですから、「ハネムーン期」に感じる「お姫様気分」は、上下関係の精神に裏打ちされた「お姫様気分」なんです。

暴力の最中、地の底をはうような劣等感の中にあった妻は、「ハネムーン期」には天にも昇る気持ちになります。
暴力を繰り返すごとに、妻の気分はものすごく揺さぶられるわけです。
暴力のない世界の住人は、経験したことのない感覚です。
しかし夫は、「ハネムーン期」を、妻に逃げられたくないから演じているだけで、本当に妻が「上」だなんて思っていません。

夫が演じているだなんて思っていない妻は、
この「劣等感に支えられたお姫様気分」をもう一度味わいたいと思います。

この感覚が出てきたら、もう夫の手の中で踊らされているようなものです。
「逃げる」という選択は放棄されてしまいます。

③暴力がエスカレートすることによって

そして・・・。

暴力はエスカレートして行きます。

暴力は、回を追うごとに大きくひどく、より屈辱的になっていきます。
揺さぶられる妻の気分の振り幅は、だんだん大きくなっていきます。

もうおわかりでしょう。
「劣等感に支えられたお姫様気分」は、暴力の威力が大きくなるほど高揚していきます。

「暴力」の後は、「高揚感」、
「すごい暴力」の後は、「すごい高揚感」、
「すごくひどい暴力」の後は、「すごくひどい高揚感」、
「ムチャクチャひどい暴力」の後は、「ムチャクチャひどい高揚感」です。

もはや妻は、夫の作った「負のらせん」の中からもう出られません。
いや、「出なくてもよくなってしまう。」んです。

DVの真相

「もう逃げなくていい。」と思うようになると、私たちが逃げるように勧めても、
「もうちょっとは居てあげたい。」とか、
「まだ軽傷だから大丈夫。」とか、
「子どもがもう少し大きくなったら。」などと、逃げるのを渋るようになります。

「逃げる」という選択肢を捨て、夫を理解しようと努力します。
加害者は暴力を操っているで説明した、「夫の想う桃源郷」に一緒に近づこうとします。
夫の価値観を受け入れ、「優」と「劣」の世界に身を置いてしまいます。

DV夫はよく、「お互いが影響し合って成長するのが理想。」などと、きれいごとを言います。
(結局やっていることは、夫からの一方的な暴力なので、全く筋は通っていませんが・・・。)

爆発期には、夫が「上」、妻が「下」。
ハネムーン期には、夫は「下」、妻が「上」。
(何度も言いますが、このとき夫は演じているだけです。)
この上下の波をくり返すことは、『お互いが「上」の立場からものを言う。』という形をくり返すことになります。
この現象は、あたかもお互いが教育し合っているようにも見えます。
それを妻は、「お互いが影響し合って成長している。」と錯覚してしまいます。

そして・・・。
くり返す、上下の波の振り幅が大きくなることで、錯覚も大きくなるという、相乗効果が生まれます。
ぐるぐるくり返し、ともにエスカレートしていくうち、2人のきずなが強まったように感じます。
互いの成長を見守ってきたという、えも言われぬ「一体感」です。

はたから見ると、夫が一方的に暴力をふるい、妻はなぜかそれに耐えているだけに見えるのですが、
DVを受け続ける妻の中には、複雑な感情が生まれています。

DV夫の仕掛けたからくりは、実に巧妙です。

私は、DVの問題は、
「加害者が自分の劣等感を補うため、暴力を使って、被害者をコントロールして優越感を味わう。」
ということに尽きると思っています。
この「優越感」には、妻に対する(自分の方が上だという)優越感と、社会に対する(奴隷を持っているという)優越感の2通りあります。

DV夫はいろいろな種類の技を駆使して、優越感をなるべく長く味わえるように、試しながら工夫をし続けています。

このことについては、加害者の考察の機会に、掘り下げて考えていこうと思っています。
説はいろいろあると思いますが、私の見解は、いろいろな説と自分の経験とから導き出したもので、これを決して正解だと言っているわけではありません。
私はDVの学者ではありませんから、意見の1つと思っていただければ幸いです。

次は、いよいよ相談したらどうなるの?に続きます。
今回も、長文を読んでいただき、ありがとうございました。

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