立ち直りたい!~恩人との出会い~
私は育休から復帰して、児童虐待相談の事務の仕事をしていました。
育休に入る前には簡単にできていた仕事なのに、上手にこなせず溜まっていきます。
自分に自信を無くし、「きちんとしていないと怒られるのではないか」、「このままではみんなに嫌われてしまう」などと、考えれば考えるほどドツボにハマっていきました。
マイナスの感情で、身動きできなくなってしまっていた私に、ある日あまり話をしたことがない、同僚の先輩のミカさんが声をかけてくれました。
ミカさんは、真面目で仕事がよくでき、その当時はDV相談の担当をされていて、毎日忙しそうに飛び回っているような人でした。
私生活では、一度離婚し再婚されて、今は3人のお子さんに恵まれ、旦那さんと5人、幸せな生活をされていると評判の女性です。
ミカさんは、大量に発送するものがあって四苦八苦している私に、「手伝うよ!」と声をかけてくれました。
ミカさんはいつも忙しそうなので、断ろうとしましたが、私の「いえ、いいです。」をミカさんはさえぎって、「暇で仕方なくて・・・手伝わせて。」と、私の隣の席に腰を下ろし、私の机から作業中の半分を強引に取って、作業を始めました。
ミカさんはいつも忙しいので、「暇で仕方ない。」なんてことはないはずです。
私はあわてて、「いいです。いいです。」と言いましたが、ミカさんは、「いいから。いいから。」と作業の手を止めません。
仕方なく、ミカさんに手伝ってもらうことになりました。
作業中、ミカさんが、「レイラちゃんって、前からそんなに大人しかった?私、レイラちゃんて、育休に入る前とか、暗いイメージはなかったように思うんだけど・・・。」と言いました。
私もビックリして、「大人しそうに見えてますか?」と聞きました。
ミカさん、「うんうん。大人しいよ。っていうか、何か、肩に力が入りすぎちゃって固まってるって感じかな?」
私、「えっ?あっ、そうかもしれないです。」
ミカさん、「私もバツイチで母子家庭だった経験あるから、その気持ち解らないでもないんだよね~。母親も、仕事も、父親の役までやんなきゃいけないしね~。頑張りすぎて空回りしちゃったりさ。」
私、「ミカさんにもそんなことがあったんですね。ミカさんって完璧に見えるから意外です。」
ミカさん、「完璧ィ~!?いやっはっはっはっは!」
ミカさんはものすごく笑って、「私、完璧なんてなったこともない。第一、完璧な人間っていないよ。完璧になりたいの?」
私、「はい。なりたいです。ミカさんみたいに仕事もできるようになりたいし、いいお母さんになりたい。」
ミカさん、「完璧になったら、仕事できなくなるよ。レイラちゃんにとって完璧な人ってどんな人?」
私は少し考えて、「ミカさんみたいに仕事ができて、幸せで、いいお母さんって思われるような人かなあ。」と自信無げに答えると、
ミカさん、「他人からどう思われるかを気にしてるんだったら、ちょっと心配だなあ。前の旦那さんに何か変なことでも言われた?」
私はちょっと戸惑いましたが、シングルマザーの先輩だし、仕事も子育ても手詰まりの状態だったので、言ってみることにしました。
夫に言われた言葉を並べてみました。
・お前の家事は0点。
・お前はバカだから、俺がいないと何もできない。
・男を立てるのが妻の仕事。お前は気が利かない。
・養ってるのは俺だ。 などです。
ミカさん、「え~っ!ちょっと待って!それDVだよ!」
「暴力は?殴られたりはしてない?」
私、「暴力はないです。灰皿を投げられたくらいです。」
ミカさん、「え~っ!それも立派な暴力だよ!誰かに相談したこととかないの?」
私、「母と、離婚の時の調停委員さんに話したくらいです。」
ミカさん、「レイラちゃん、友達には?」
私、「親友にはちょっと話したけど・・・」
ミカさん、「そういうことか~。レイラちゃん、落ち着いて聞いてね。って言っても無理だとは思うんだけど・・・」
「レイラちゃん、復帰してから、お仕事うまくいってないように見えるんだけど、」
私、「はい。すみません。」
ミカさん、「あっ、そういう意味じゃなくて、ごめんごめん、私は、レイラちゃんを非難したいわけじゃなくて、レイラちゃんのことが解っちゃったの。」
私、「?」
ミカさん、「レイラちゃん、今、仕事のこととか誰にも聞けないで困ってるんじゃない?聞いたら恥ずかしいとか、怒られるとか思ってるんじゃない?」
私は、ミカさんの言葉が図星すぎて、涙が出てきてしまいました。
ミカさんは慌てて、「あ~、ごめんごめん、泣かせちゃった。大丈夫かな?」
「でもね、レイラちゃんは、DVの後遺症が出てる状態だよ。日頃のレイラちゃん見てると、病院に行ったら『うつ』とか『PTSD』とか診断されるレベルだと思うよ。」
私は泣きながら、「私、病院に行った方がいいんでしょうか?」
ミカさん、「いやいや、病気休暇を取りたいってことなら行けばいいけど・・・、レイラちゃん、その前に、私が話を聞かせてもらってもいいかな?どうかな?」
私はとても急な展開に全くついて行けていませんでしたが、当時、何も自分で決められなくなっていた私には、ミカさんの話の流れを止めることはできませんでした。
忙しそうなミカさんの重荷になりたくはなかったのですが、このままでは、職場に迷惑ばかりかけてしまうこともわかっていたので、もう、ミカさんに甘えてしまおうと思いました。
私、「はい。お願いします。でも、私みたいな、できない人間が立ち直ることとかって、できるでしょうか?」
ミカさん、「それそれ、それなんだよ。レイラちゃんは今、『バカ』とか『何もできない』とか言われすぎてて、それを受け入れちゃってる状態なのね。自分の価値を低く低く見積もってるから、何もできなくなっちゃってる。レイラちゃんは、全然できなくないし、全然嫌われてないよ。大丈夫。大丈夫。」
ミカさんは、真っ暗な狭いところでもがく私に、一点の光を見せてくれたのです。
いったい私、どうなっちゃったの?
それからミカさんは、私をランチの時や帰り際などに、不思議と上手に私の話を引き出してくださいました。
まずは、どうしてこんな自分になっていったのか?です。
元々私はうつを経験していますが、就職したころは改善し、問題なく働けていました。
就職してからは、キャリア志向で、男性がしてきた仕事を女性もやるべきだし、みんなポリシーを持って、結果出して頑張っていこう!っていう感じになっていました。
それが結婚して、どう変わって行ったのか。
ミカさんの提案で、夫に言われたことや、自分の心の流れなどを、書き出してみることにしました。
この作業は、傷つき疲れた私には本当につらく、過酷な作業でした。
とりあえず、最初から思い返して、思ったままを正直にノートに書いていきました。
始めは、つらいつらいと思い、泣きながら書いていたのですが、続けるうちに、少しづつ心が軽くなっていくように感じました。
ある程度書きためたころ、ミカさんに見てもらおうと、ノートを持って行きました。
するとミカさんは、「大変な作業だったでしょ。よく頑張ったね。でもね、これはレイラちゃんのプライバシーだし、自分で気づかなきゃいけないことだから。」と言って、ノートを見ようとしませんでした。
そして、「何回か読み返してみて、気づいたことを教えてね。」と言われました。
私はちょっと寂しい気がしましたが、言われた通り、読み返してみることにしました。
何度か読み返してみると、だんだん客観的に自分を分析できるようになってきました。
気づいたことを、箇条書きにまとめていきます。
・夫の言葉に最初はおかしいと思い、反論していた。
・反論しても、何倍も叱られたりするので、だんだん何も言わなくなってしまった。
・どうしたら何も言われないか考え、完璧に家事をこなすことに全力を費やした。
・自分は他人に迷惑をかけていると思う。
・私と結婚してくれる人なんて、この人くらいしかいないと思う。
・夫のことをわかってあげられる人は私しかいないと思う。
・夫も優しいところがあるし、尽くしていれば変わってくれると思う。
・こんな夫の言動に耐え、尽くしている私は優しいと思う。
・心の中では夫をバカにし、さげすむのを楽しんでいる。
などです。
夫に自尊心を奪われ、ビクビクして夫のゆがんだルールに従い、その中でも、自分(やられる側)は清純で優しいと思ったり、夫への優越感をより所にしていることがわかります。
ミカさんにそのことを言うと、ホッとしたように、「レイラちゃん、すごいじゃない!自分の心を分析するって、大変な作業だったでしょう。普通の人でも自分の弱い所を見るってできないことだよ!でも、芯の強いレイラちゃんならできると思ってたよ。もう上がっていくだけだわ!」と言って、1冊の本を貸してくれました。
その本にはDV被害にあった人が、どのような過程をたどって逃げられなくなっていくかが書いてありました。
自分のことが書いてあるように感じました。
その本は私の涙でびしょびしょになってしまったので、ミカさんに見せて謝ると、ミカさんは笑って、「いいよ、あげる。この本もそれだけ読んでもらって本望でしょう。」と言ってくださいました。
ミカさんは、「レイラちゃんはもう大丈夫だわね。もうどうしていったらいいか解るでしょ?ちっちゃいことから言えば、仕事で解らないことがあったら、周りの人に聞くこと。聞かれた方も、レイラちゃんをバカだと思ったり、迷惑だなんて思わないわ。逆に聞かれない方が信用されてないのかなって思っちゃう。誰も一人では生きていけないから、みんなで協力し合っていかなきゃね。」と、嬉しそうです。
そして、私が持って行ったノートを見なかったことについて、「DV被害にあった人って、自信を無くして受け身の人生になっちゃうから、逃げた後も、どうしていいか解らなくなっちゃって、相談者やお医者さんに依存してくるようになるのね。でも私たちは聞くことと、ほんのちょっとのアドバイスしかできないの。人それぞれ価値観とか感じ方って違うから、相談者の思う人生を押し付けちゃうことにもなりかねないわ。だから、自分で理解して、自分で解決への作戦を立てて、自分で幸せになって行かないといけないのよね。自分で決めるっていうのは、DV関係なく大切なことだと思うわ。自分の人生だもんね。」と言われました。
もうミカさんには脱帽でした。
「ありがとう」を何回言っても気がすまないくらいです。
後日聞いたのですが、私の仕事が溜まり、何もかもうまくいかなくなり、どうしようもなくなっていた時、上司も見かねて先輩たちに相談したそうです。
仕事を減らした方がいいのか、みんなでしゃべりかけるか、病院に行くのを勧めるか、などと話していると、ミカさんが「私に時間をください。レイラちゃんと話してみます。」と立候補してくださったそうです。
私を見ていて、前との変わり様に違和感があり、DV相談の出番じゃないかと、薄々思っていたそうです。
ホント、ミカさんには一生頭が上がりません。
明るい方へ
それからの私は、「幸せになる!」を人生の目標にして、いろいろな本を読み、いろいろな人と話し、いろいろな角度から考え、勉強しました。
そして、夫の考え方を自分から完全に排除する努力をしました。
主には、他人と比較したり、他人の心を操縦しようとしたりといった夫の価値観を、一旦全部否定して、反対の考え方で行動してみました。
最初は、人との距離の持ち方とか話しかけ方など、ぎこちなく、何度となく失敗もしましたが、周りの人は思いのほか優しかったです。
自分に何のとりえがなくても、完璧に仕事をこなせなくても、許してくれる世界です。
時々、結婚していた時の場面などがフラッシュバックしてきて、つらくなったりすることもあるのですが、その思いをずっと引きずらず、「離婚できてよかった。」とか、「子どもがいてよかった。」などと、『よかった』に転換していく努力をしました。
そのうち、溜まっていた仕事も、同僚や上司に聞いたりして、スムーズにできるようになり、家でも、子どもと一緒にいて楽しいと思えるようになりました。
結婚する前の、元々の自分の考え方でさえ、だんだん変わっていきました。
仕事に対しては、自分だけで完璧を目指すのではなく、みんなで協力して前に進めていくように。
子育てに対しては、上から育てていくのではなく、できるだけ子どもと寄り添うようになっていきました。
DV相談担当?
ミカさんに相談してから1年ほどたち、私の心も安定してきた頃、ミカさんの異動が決まりました。
次のDV相談の主担当は、私に決まりました。
私は、「私にできるわけない!」と思い、
上司に、何故、私なのかと質問しました。
上司の答えは、「ミカの推薦だよ。私も今のレイラには荷が重いんじゃないかって思っていたんだけど、ミカは異動が決まったとき、『誰よりも被害者の心をわかってあげられるレイラちゃんがいるんだから、そんな逸材を担当にしないとしたら、それは上司の判断ミスですよ。それに、レイラちゃんのためにもなると思います。』と言っていたよ。ミカの熱意を見て、私も気持ちを変えたんだ。レイラにはできると思うよ。レイラは資格持ってるしね。まだ傷は癒えていないかもしれないから申し訳ないが、あまり肩に力を入れずに、でもがんばってくれよ。」というものでした。
そして始まったDV相談担当の日々。
最初の何件かは一緒につらがって、自分のことを思い出したりして情緒不安定になり、上司や同僚に泣き言を漏らしたりしましたが、その度に励まされ、どうにかこうにか続けていました。
1か月くらいして、初めて被害者をシェルターに逃がしたとき、この仕事の醍醐味を感じて泣きました。
それからは、やっと自分の役割がわかってきて、被害者の話を客観的に聞けるようになりました。
やっと、ミカさんが言っていた、「レイラちゃんのためにもなると思う。」という言葉の意味がわかってきました。
DVの相談にのることで、私は自分の経験も超えて、強くなっていきました。
全く、ミカさんの荒療治には、感服するばかりです。
それから、いろんなパターンのDVを見てきましたが、1年、2年と続けるうちに、加害者と被害者の精神構造の共通点が見えてきました。
そして、「加害者は変わらない(もしくは、相当な時間がかかる)ので、被害者は逃げるしかない!」という結論に至っています。
このことは、特に掘り下げて書いていこうと思っています。
またまた、長文を読んでくださって、ありがとうございました。